茂井羅物語

茂井羅物語

茂井羅物語(伝説)

昔、面塚(現水沢区佐倉河字下河原)の北郷家にようやく待ちに待った、女の子が産まれました。しかし、なんとこの子はたいそうな醜女でした。名前は茂井羅(モイラ)。嫁入りもしましたが結局長続きせず、若柳で用水を開削し、堰を作り始めました。それは高地へと向かって掘るのでありました。里人達はその作業をいぶかりの目で眺めていました。モイラはこうして何日後には立派な田を作ってみせました。

昔、面塚(現水沢区佐倉河字下川原)に北郷隆勝と言う人が住んでおりました。満々と水をたたえた四米余りの堀の内は大樹が爵蒼と繁って、南蛮渡来と言う大鳥の刻を告げる声が、犬に似た音を響かせていました。

屋敷の東側に立ってみると、朱塗りの幅広い橋が架かっていて、それに続く四ッ門にはいくつも重たそうな扉が堅く閉まっていて、中は伺い知るすべもありませんでした。

里人は御屋敷様と腰を低くして、その前を通っておりました。では、その里人の言う御屋敷様とは何者でしょうか。

北郷隆勝氏とは即ち、里人の言う御屋敷の主でありました。この北郷隆勝氏の祖は岩城氏に属して岩城国北郷巳に住んでおりましたが、後、伊達政宗の命により移封されることとなった岩城氏に随って今の南都田字浅野に住むことになりました。

その後大阪の役に参加して育てた戦功から持寺宝福寺とともに下川原に居住する事になりました。

その、北郷隆勝氏に一人に女児が生まれました。男の子ばかりの隆勝氏にはこの姫の誕生は、あきらめていただけに大変なお喜びでありました。朝から産室をのぞいては、いたく取りあげババ(助産婦)から叱られておりました。いかにお偉い北郷氏と言えども、この場合は取りあげババの叱咤には苦笑いをしてさがるほかありませんでした。

女と言えば美人と考えるのは常識、世の人々と同じく北郷氏夫妻もそう考えておりました。だが、産室から出てきた妻の懐に抱かれたモイラ(女児をそう名付けた)を見たとき北郷氏はウウウとうなってしまいました。妻は間違って猿でも抱いてきたのではないかと思ったほどでありました。

しかし、夫妻は嬰児の不器量も、いずれ成長するに随って美しくなる事だろうと金目を惜しまず、モイラ姫の成長に望みをかけておりましたが、二年三年と年月を経るに随って容姿の醜さが益々ひどくなっていくのでありました。

こうなってくると北郷夫妻は姫がかわいそうになって参りました。何の因果でこんな醜い児が生まれただろうと思って天を恨んでも見ました。女児の出生は当然嫁という問題につながるわけですが、夫妻にはそんな夢もなく、モイラの好むように育てていくと言うだけになってしまいました。

月日の流れるのは関守なく、とは、古い言葉、モイラもいつしか十の歳を超えていました。もうその年になって見ると、自分の要望が人並みではない事を自覚していました。こんな醜さではお嫁のもらい手もあるまい、そう考えて沈むことがしばしばありました。そして、父隆勝にせがんで読み書きを教えてもらいました。その習得力は又すごいほどでありました。まず、一度教えられたことは絶対に忘れることはなく、夫妻も舌を巻いて驚くほどでありました。夫妻は姫をその方に伸ばす事が姫の生きる道でもあると考えるようになりました。

ところが不思議にもその醜いモイラ姫に縁談がありました。若柳の蜂谷冠者からでありました。ではその蜂谷冠者とはいったい何者でありましょうか。

戦国時代の武将、武田信玄が天目山で滅びるとこの遺臣はちりぢりに分かれていきましたが、武田の一方の大将であった蜂谷冠者定国は遠くみちのくに逃げて、若柳の山中深くに居を構えておりました。

かくいう蜂谷冠者が嫁を迎えると言ってもあたりは皆武士でかつての日々が幻のように頭にこびりついている蜂谷冠者には、似合わぬものでありました。そうした声が彼蜂谷冠者を幻惑したと言うことでありましょうか。

一度は、いや幾度もモイラ姫はその縁談を断りました。自分の醜さを百の承知の姫はとっくの昔、死んだつもりでいたのでした。しかし蜂谷冠者からの使者は執拗でありました。姫はとうとう根負けの体で顔を縦に振りました。

その夜百目ろう濁が立地して灯る中で、綿帽子を取ったモイラ姫を見た蜂谷冠者は驚いてしまいました。化粧をしていたとはいえ、二目とは見られない娘の顔、それは怪異そのものでありました。

そんなわけでこの縁は短くして終わりました。離縁になったモイラ姫はしかし下川原の北郷には帰りませんでした。若柳の里に住んで米作りに励むことになりました。

当時の水田と言えば干拓でありました。荒れ川である胆沢川は洪水の度に大小の沼を作りました。その沼尻に堰を掘って水を流すと立派な田ができるのでした。灌漑は沼尻の堰を堰き止めると言う作業でこと足りました。

しかし、これには限度がありました。人口の増加はもっともっと多い田の必要を訴えました。モイラもその事に早くから気づき、その打開を考えていました。こんなに高大な原野がなんとかならないものかと思いました。

ある雨の日、モイラはぼんやりと外を眺めていました。銀色の両脚が幾条となく地に突き刺さる光景は彼女の鬱々とした心を晴れ晴れとするに十分でありました。

その時モイラはあることに気付きました。醜い顔に笑みが浮かぶと、両手を組んで胸にあてて強くしめました。

「これだ!」

低くそして強い言葉が口から飛び出しました。

モイラは庭の凹地に濁る雨水を見たのでした。そして水を上から注ぎさえすればどんな高いところでも田ができると思ったのでした。